2025年3月23日 ー 株式会社河合楽器製作所 中期経営計画コメント

3月19日に、私どもの主要投資先である河合楽器製作所(「KAWAI」若しくは「当社」)が、第8次中期経営計画(KAWAI 十年の計)を発表し、3月21日にアナリスト説明会を行いました。その内容に関して私どもの所感及び今後叱咤激励型の投資家として着目していきたいポイントなどについてコメントをさせていただきます。

先ず私どもの所感としては、三点ございます。一つ目は「KAWAI 十年の計」と銘打ってある通り、今回の中期経営計画の期間の長さについては、やはりブランドを育て、ファンを育て、音楽そのものの文化を育てることが一朝一夕ではいかない中、今までの延長線上による3年計画にこだわらず時間をかけて本質的な企業価値向上を目指す姿勢を示したということ、私どもは高く評価をさせていただいております。10年後の35/3期は、売上で1300億円(25/3期より+78%)、営業利益は150億円(25/3期は4億円赤字)、そしてROEで16%を目指すという非常に意欲的な計画となっています(図1)。ただ、市場では、3年後、28/3期の営業利益計画が50億円(中国市場が変調を来す以前の2023/3期の営業利益と同等水準)であることから、今一つ高い評価を得られていない可能性がありますが、コストカットのみに頼る短期的な業績回復を志向せず、長期のブランド価値向上を目指す計画に振り切ることこそが、世代交代を遂げた若き経営陣でこそ出来る決断であり、このような計画を出すこと自体がKAWAIの会社としての経営姿勢の変化を如実に示すものと感じております。

図1:経営指標の目標

(出所:当社第8次中期経営計画資料)

二つ目は、KAWAIの本業である楽器鍵盤事業に重点投資をし、ブランド強化の上、主要市場である欧米にてピアノ市場でのシェアを大きく獲得していくという、一切の奇をてらわずに王道である道を進む計画になっている点についてです。以下の図2にあるように、鍵盤楽器(ピアノ・電子ピアノ)の売上を25/3期の344億円から、35/3期に814億円と2.4倍にする意欲的な内容で、最終年度においても会社連結売上の60%強が鍵盤楽器という、ある意味一本足打法に見える内容です。KAWAIの同業他社の多くが、販売する楽器群ポートフォリオの多角化を志向しつつ成長を模索している中、愚直に鍵盤楽器に集中する点こそが実はKAWAIらしさであり、自社の強みがその「鍵盤楽器のブランド力」にある点を改めて意識した内容となっている点に、河合健太郎社長の経営者としての覚悟を感じる部分となっております。

図2:鍵盤楽器の売上/シェア目標

(出所:当社第8次中期経営計画資料)

市場からは、この一本足打法がリスクであるとみられてしまう部分もあろうかと思います。ただ、私どもは、それは実は正しい見方ではないと感じています。どの国や地域においても、特に幼少期に人が楽器を始める場合、指で押すだけで複数の音を出すことができるという意味で、他の楽器に比べて最も間口が広く、始めやすいのがピアノ・エレクトーンであり、そういった点では、実は様々な楽器群の中で最も安定的な顧客層を形成しやすい市場であると言えます。図3にBusiness Research Insightsの市場予測を掲げましたが、高成長とは言えないまでも安定的に市場が拡大していくことを表しています。その中で、エントリーレベルの電子ピアノから最高級品であるShigeru Kawaiまでを揃えることで実は楽器の中で弦楽器に次いで大きいピアノ市場内部での多角化をし、特にエントリーレベルで購入されやすいデジタルピアノ領域において、当社の現状の低い市場シェアから着実にシェアアップを図っていくことで売上成長を達成する計画と見受けられます。

図3:ピアノ市場規模推測

(出所:Business Research Insight Piano Report 2023

三つ目は、私どもの懸念点と言えます。この野心的なシェア拡大と拡販の戦略面のドライバーが、KAWAIが今までほとんど注力してこなかったデジタルマーケティングによるものとなっている点については注意を要すると見ています。KAWAIの技術力や安定した品質、音色への強いこだわり、そしてShigeru Kawaiを1999年の立ち上げから20年余で世界のトップブランドに育て上げたそのブランド育成力についても、どれも極めて高く評価出来る実力ですが、やはりこのデジタルマーケティングに関しては、その実行力や効果発現の面で現時点では今まで十分な実績がなく、未知数となる部分が多いということは否めません。今回、中期経営計画の発表と同時に経営理念も全面的に見直し(図4)、世界中の多様な人々に音楽を届けていくという外向きに発信される強い意志が表現されていますが、その理念をどのようにしてデジタル経済圏をも通じて、新たな顧客層の意識に届け、共感を増幅させ、最終的にリアルな販売実績に結び付けられるか、その様々な打ち手や成否を、私どもとしては固唾を飲みつつ、注意深く見守っていきたいと思います。KAWAIに置かれましては、このような活動に関しても継続的にトピックスなどを通じて開示を頂きたく存じます。

図4:経営理念等の見直し

(出所:当社第8次中期経営計画資料)

終わりに、今後投資家としてこの中計に関して着目していきたい大事な注目ポイントを挙げたいと思います。先ず、図5にKAWAIの地域別の販売シェア目標等のスライドを掲げてみます。

図5:鍵盤楽器の地域別目標

(出所:当社第8次中期経営計画資料)

上段に示されている通り、特に競争の厳しい主力海外市場である欧州と北米で中期的に売上を大きく伸ばすというかなり野心的な計画になっております。資本市場からの評価を勝ち得るためには、この計画の3年目や6年目のマイルストーンを着実に達成していくことが肝要と言えます。その上で、その「実現可能性」を早い段階から計る上で、以下の二点についてKAWAIがしっかり実行できているか、折に触れて私どもとして確認をしていきたいと感じますし、当社からも率先して、継続的にその進捗度合い等を説明会等にて示唆を頂きたく存じます。

まずは、①ブランド価値を維持向上しつつ、世界で「売っていく」ための組織末端までをも巻き込む「売る」覚悟をいかに醸成するか、ということです。今までの多くの日本企業にある「良いものを作っていれば着実に評価される」という穏やかで職人気質の考え方から脱皮をし、強い意志と外に発現する太陽のような包容力をもってKAWAIの良さを世界に認知させる、言わば伝道師ともいえるようなマーケティングメンタリティが必要になろうかと存じます。このようなメンタリティをKAWAIの世界のウェブチャネルや販売の現場でいかに着実に浸透させ続け、意識を進化、そして深化させ続けられるか、その社内及び代理店を巻き込む「意識改革」活動が長期的な成功を左右する鍵となろうかと存じます。

次に、②全世界での販売状況や計画の達成/未達成状況につき、経営層まで情報が見える化され、追加で打つべき施策等がタイムリーに議論される、スピード感のあるPDCAサイクルが整備され、そのモニタリング会議とそこでの追加施策等の迅速な決定が出来るか、という点です。多くの企業で中期計画が失敗する場合によく見られるパターンが、その策定自体に多大なエネルギーを投入し、実際に実行段階に移行した後、気が抜けてしまう、もしくはモニタリング機能が十分に整備されていないようなことによって、計画からのズレを早い段階で感知できず、施策がうまく行っている部分をさらに伸ばす攻めの経営判断や、うまくいっていない部分を早期に修正するような機動的な対応が出来ないということです。今回のKAWAIのような長い期間の計画の場合、特に期限が迫っておらず、さらに当初の3年間の計画は足腰を強くする段階ということで、まだ高い結果を求めずに中庸な計画数値となっており、ともすれば(リスクとして)社内の空気が緩みがちになる懸念が生じます。そのような空気を生じさせないように経営のグリップを強くしていただくことが肝要と感じます。

3月21日説明会では上記二点につき、弊社から質問をさせていただきましたが、河合社長からの説明では、そういったマーケティング意識改革につき、全世界的な販売拠点の幹部を集めてキックオフが近々に予定されていることや、今後も月に一回のペースで全世界での様々な攻めの施策の効果の状況をモニタリングしていく会議体を既に整備されたことが確認されました。どのような良い組織であっても、正しくモニタリングが機能しない場合、現状認識が出来ていない中での気持ちの緩みや、さらに攻めるチャンスを逃すようなことが生じます。10年という長い時間軸でじっくりと取り組む大きな目標を掲げているからこそ、計画の初期段階からしっかりとモニタリングをしていただき、その実現可能性を最大限に高めていただきたく存じます。

弊社としても、KAWAIの株主として引き続き今後のブランド認知の拡大、そして企業価値成長を楽しみにしつつ、温かく、厳しく、叱咤激励エンゲージメントを継続していきたいと思います(文責:清水)。

過去の当社へのエンゲージメントは、下記リンク先資料及び動画をご覧ください。
2024年12月4日 ー 株式会社河合楽器製作所 ディスカッションについて
2024年6月8日 ー 株式会社河合楽器製作所 ディスカッションについて
2024年1月14日 ー 株式会社河合楽器製作所 企業価値向上に向けた取組みのご紹介

【関連投稿】
松井証券マネーサテライト: 話題のアクティビストに聞く!個別銘柄編:河合楽器製作所


尚、本投稿は特定の有価証券の申込の勧誘若しくは売買の推奨または投資、法務、税務、会計などの助言を行うものではありません。

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