2026年5月11日、Hibiki Path Advisors SPC(「私ども」または「弊社」といいます。)の主要投資先の一社である株式会社ヤギ(証券コード 7460、以下「当社」及び「YAGI」といいます。)が、中期経営計画2029 (Business to Belief) を公表しました。YAGIは、その祖業であり、長年に及ぶグローバルな繊維取引から得た様々な素材、及びファッショントレンドの知見をその本質的な付加価値の源泉としながら、今後はブランド企業としても積極的な投資を行い、新たなグローバルステージでの成長の追求に大きく舵を切りつつあります。前回の、第3回目投稿では、グローバルのダウンジャケット市場規模及びその成長の軌跡、主要プレーヤーであり、市場のラグジュアリー化に貢献してきた大手2社であるカナダグースとモンクレールの戦略のご紹介をさせていただきました。今回はYAGIをご紹介する5回連載シリーズの4回目として、成長戦略の要と言えるTATRASの「勝ち筋」について、外部の立場から考えてみたいと思います。
主力ライン – TATRAS DOMIZIANO
(出所:HV Blog)
先ず、前回のおさらいとして、超高価格帯で勝負するカナダグース、モンクレール2社共に、(1)元々の製品のクオリティが高く、(2)オーナー企業としてのリーダーシップとブランドへのこだわりを残しつつ、(3)いたずらに多くのブランドを横展開せずに、最初のブランド価値を高める一点突破を図り、(4)ここぞというタイミングでPEファンドのノウハウと資金力を上手に利用し、成長を加速させたことを書かせていただきました。では、私どもが第三者として見るTATRASの特徴は何でしょうか、それは以下の通りです。
・日本的品格と細部へのこだわり、イタリアのデザインセンス、そして厳しい寒さのポーランド産最高品質のホワイトグースの3つの特徴の掛け算によるバランス、また同様に3つの十字架のロゴマークに込められた、「elegance(エレガンス)」「practicality(実用的)」「exclusivity(エクスクルーシヴ)」も、良いモノに求められる、最高のバランス、謂わばアポロ的な調和が意識されている。
・2007年に誕生した比較的新しいブランドだが、YAGIによる経営権取得以降、130年続く伝統あるYAGIの「終始一誠意」という消費者や顧客へ尽くすホスピタリティ及び日本の歴史文化の伝統と結びつき、ブランドストーリーの深みが表現されつつある(変容の途上)。
(出所:YAGI 中計2029資料)
そして「勝ち筋」について
過去から現在まで、多くの消費財・ブランド製造業に投資をさせていただきました経験をもとに、TATRASの勝ち筋について私どもの考えを簡単に披露させていただきます。尚、TATRASはこうあるべき、というハンズオンの視点ではなく、TATRAS自身が課題認識すべきと思われる戦略的思考アングルを消費者目線で考えております。既に社内で日々検討されている内容かもしれません。以下を社内で整理し、その実行と効果のPDCAを回すことが、長い道のりを制する基礎になるのではないか、と考えております。
1. TATRASのブランドの立ち位置、世界観、哲学を言語化
2. 世界観を表現・伝播できる仕掛けを多すぎず少なすぎず適度な頻度で打つ
3. Digitalマーケティング戦略、販売戦略の精緻なコントロール
4. 購買力ある世代(Z, Millenials)への明確な戦略・戦術の定義
最初の点、1.TATRASの言語化、に関しては、私どもが今更主張するほどのことではない、ブランドビジネスの一丁目一番地でしょう。敢えて強調しているのは、やはり世界で認められるブランドに成長させるためには、その「根っこ」「背骨」の部分が極めて重要だからです。「私たちは何なのか」「私たちのどこを消費者は評価してくれているのか」「私たちはどういう消費者に受け入れられているのか」「私たちのミッションとは」「私たちは他社と何が違うのか」という基本中の基本の問いを立て続け、マーケットリサーチも精緻に行いながら言語化していく工程は決して楽なものではないでしょう。
例えば、Burberryは、トレンチコートで有名な、1856年発祥の由緒正しいブランドですが、2000年以降、一旦そのブランド価値が大きく毀損した時期があり、2006年に新たに就任した社長のAngela Ahrendtsの指揮の下、白紙に立ち戻り「自分たちとは何者か」という再発見のプロセスを行ったことは有名な話でしょう。彼女は数々の商品ラインの閉鎖とリストラクチャリングを行いつつも、Burberryの本質を見抜き、そのオーセンティシティの根幹である「コートの品質」に100%軸足を置くブランドコンセプトに回帰しました。その際に使った一枚の写真が以下の1914年~1917年に実行されたSir Eearnest Shackleton氏による南極探検の際のものです。彼らがBurberryのコートを着用したことによって、寒さと船の難破などの苦難を乗り越え帰還を果たしたのです。このアイコン再発見により、Burberryは品質と安心、ブランド価値への意識を高め、飛躍的な再成長を遂げます。
図:Burberryを着用した南極縦走Shackleton隊

(出所:Medium website)
日本では、2003年のMUJIの例が引き立ちます(当時はまだ無印良品と呼ばれていましたね)。以前は、ミニマリスト的な雰囲気でパッケージやデザインもシンプルで品質も良い、といった程度の中庸なイメージを持たれていました(下図左)が、2003年、デザイナーの原研哉氏の手によってその根底にあるシンプルさ・空虚さを敢えて「禅」の思想に結び付けたこと(下図右)で、ブランドの奥底に眠っていたその静かで美しい本質の世界観がグローバルの消費者に届き、これをきっかけにブランド価値も高まり、単価も向上し、MUJIらしさは現在まで成長を続けています。
図:MUJIの昔の商品と2003年のブランドポスター
(出所:MUJI website)
MUJIは、「なにもないがすべてがある」「水や空気のように」といった標語を使い、ミニマリズムの世界の中にある精神的豊かさをそのブランドアイデンティティとして強く保持し続けており、日本人の持つ感性とその奥ゆかしさがブランディングに見事に表現された事例として有名でしょう。
そして、YAGIのTATRAS自身の最近の傾向にも同様の試みが見られ、以前より進化した方向感が出てきていることが感じられます。以下のウェブリンクがその世界観の片鱗を物語っています。北陸の伝統工芸である輪島塗の「ぼかし」の技術とその精神をTATRASの世界観に融合させる試みです。日本の古き良きモノとTATRASのスタイリッシュなデザインが、「古くて新しい」形で見事にコラボされて表現されています。
Interview with Kohei Kirimoto about Special Collaboration with YOSHIROTTEN
こういった、少し新しい形の表現の試みは、海外でも試みられており、販売強化というよりも、先ずは世界観の表現という形で、Spring/Summer 2027のコレクションの展示が今年6月よりフランスのパリにて行われています(以下リンク)。
“THE WAY OF THE SEA”2027年春夏コレクションパリプレゼンテーション
都会的な雰囲気の中に、ヨットの帆のようなアクセントの中に、日本の「石庭」のような形で白い砂と石が置かれ海辺がイメージされ、まさに、日本的インスピレーションが、主張しすぎない形で織り込まれているようです。世界の中で日本の文化が再発見・再評価されてきている時代の中、私どもとしても、YAGIの長い歴史と日本的な価値観を、TATRASの良さを邪魔せずに少しずつ練りこむことは全く悪いことではないと感じます。いずれにせよ、今後の強い成長のためにも、TATRASの土台となる世界観を是非改めてしっかりと定義し、私ども資本市場参加者にも理解できるように整理してご提示いただけることを祈っております。
そして、まさに、先のリンクで紹介されているこうした試みが、勝ち筋の「2.世界観を打ち出すイベント」、そして、「3.マーケティングと販売戦略」、との交差点になる部分でしょう。やはり、情報があふれかえる世の中で、共感を持ってくれる人たちを発見し、そのエモーションに刺していくためには、適度な頻度でオピニオンと世界観の表現の場を用意する必要があるといえます。バルセロナにあるサグラダ・ファミリアのように、永遠と言えるような時間軸の中で、コツコツと上と横に向かって造りこまれる世界観があり、一部の塔の完成などの折には、大きなイベントとして世界で紹介されます。そしてその新しく加えられた建造物がさらにその本質の世界観をreinforce(自己強化)していく再現プロセスと言えます。
顧客とのタッチポイントが急激にデジタル化し、ラグジュアリーブランドであっても既にデジタル戦略は最重要のマーケティング施策となっています。マスブランドとして常に消費者に脳裏に軽く寄り添う形ではなく、世界観を深化もしくは飛翔させてくれるインフルエンサーやファッションアイコンを活用し、観た人の記憶の残像に刻まれるような、印象の強く一貫性のあるマーケティングが必要になるでしょう。リアルな面で言うと、TATRASは最近の日本国内で基幹店の意欲的な出店を継続していますが、基幹店を通じて世界観のナラティブをしっかりコントロールしながら関心を持っていただいた消費者のエモーションに働きかける上では確かに効果的です。
(出所:Viden website)
しかし、上の図が指し示すように、昨今のデジタル化によって、「認知から購買に至るまでのカスタマージャーニー」が複雑化・長期間化し、購買に至るタッチポイントの多くがデジタル化してきている中で、ブランドの持つ世界観の伝播とそのイメージコントロールの難易度も増している面と、よりやりやすくなっている両面があります。つまり、実はブランドメッセージが明確であればこそデジタル化はプラスに働かせることが可能です。そのようなマーケティングの文脈は今後加速こそすれ、減速はしません。例えば、これは良し悪しありますが、LYST Indexという、デジタルとリアルの様々な情報を集め高級ブランドの「今の話題性」を四半期ごとにランキングするサービスなどもあり、デジタルマーケティングの競争自体がゲーム化している世の中でもあります。
TATRASにおいては、奇をてらわずに、ブランドの背骨をしっかり形作りそのイメージを強く持った上で、自社で完全にコントロールされたブランドマーケティングを行い、その上で、製品の供給も、D2Cを基本とした形でグリップをすることが、中長期的なブランド価値の維持向上に結び付くものと私どもは考えています。また、春夏ものへの展開に関しても、ブランド価値を維持する上で、品質が良く単価の高い商材が中心となる中、「売上を増やしたい」という単純な供給側の動機による展開では、そのプライスポイントに顧客がついてこれずに失敗するリスクが高まります。夏こそ「少し良い気分になりたい時にはTATRASを着て街に出よう」と感じさせる強いブランドロイヤリティが必要であり、やはり先ずは、顧客を引き込むアイコンであるダウンジャケットをヒーロープロダクトとし、それを中心に編み物をするように徐々に世界観を広げることが必要になるのだと感じています。
最後の、4.新世代への戦略定義については、TATRASに限ったものではなく、ブランドを展開する企業すべてにとって最重要課題と言えるでしょう。20代~40前半までのこの世代は、購買力を付けていく過程、ないしはついた段階にあり、ブランドの中長期の持続性・価値向上に大きな影響を与える世代です。デジタルネイティブであり、特に欧米のこの世代は社会的正義に対する意識も高い世代と言われています。実は、そのような意識のあるこういった世代にこそ、モノやコトのオーセンティシティが刺さりやすい反面、ライフスタイルや人生観自体が極めて多様化しているので、共感を呼びやすいオーディエンスをデジタル空間で(グローバルな視点で)特定し見つけていくことの難易度は高く、常にそのフックのチャンスを窺っておく必要があり、この部分は専門家(エージェント)とタッグを組むべき分野かもしれません。いずれにせよ、TATRASにとっても「今から何も布石を打たない」ことだけはありえない、極めて重要な分野ではないか、と私どもは考えます。
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TATRASは、2014年からヤギのグループに加わり、その後見事に成長して今やTATRASをメインに取り扱う子会社、WEAVAの売上は、122億円、経常利益は21億円にまで達しています(下図)。これは、26/3期のYAGI連結経常利益48億円の40%を超える水準です。
(出所:YAGI 2026/3期決算説明会資料)
TATRASは現在、昇り竜のように拡大しており、国内の基幹店も20店を超える程にまでなってきました。インバウンドの顧客も増加しており認知度は高まっておりますが、やはり海外展開は本中計期間中は大きくは盛り込んでおらず、先ずは、POP UP STOREなどで、イベントと共にブランド認知を高めていく局面です。世界へ打ち出せるブランド世界観をしっかりと表現し、インバウンド顧客にも認知をされるような富裕層ツーリスト向けのターゲットマーケティング活動を行いつつ、真のグローバル・ラグジュアリーブランドとしての強い土台を構築する、これが王道なのだろうと私どもも考えます。私どもも、TATRASのさらなる成長を、株主として楽しみにしております。
次回の第5回はYAGIの最後の投稿となります。今まで、新中計、歴史、業界、ブランド、と幅広く話題を展開して参りましたが、最後は、やはり株式投資家の基本に立ち返り、私どもがYAGIの価値をどう見ているか、につき解説をさせていただければと思います。お楽しみに!
以上
(過去の投稿)
2026年6月29日 - 株式会社ヤギ 第3回投稿 ダウンジャケット市場のいろは
2026年6月9日 ー 株式会社ヤギ 大量保有報告書提出と会社紹介資料公表について
2026年5月28日 - ヤギ 歴史と強みの背景
2026年5月14日 - ヤギ 中期経営計画2029コメント
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